農園について
アイウエオ
カキクケコ
岩田農園の想い
「人との輪」

私が農業を生業として意識し今までを回想すると、常に人との繋がりを大切にしてきたと思います。
正直決して社交的ではない自分ですが、毎年多くの住み込みの方と力を合わせて農業を行ってきました。
愚直に野菜を作り続けて15年。働いてくれたアルバイトさんの中には、新規就農をして毎年のように生産物をやり取りする人・会社員として働きながら休みに短期間手伝いに来てくれる人・年末のお餅つきに必ず顔を出してくれる人。

そういった人とのつながりが原動力となり岩田農園が進んでこれたのだと確信しています。
これからも食べていただく方、働いてくれる方を大切にして、より良い農園をつくっていきます。

有限会社 岩田農園 3代目
代表取締役

岩田 修一
歴史
戦後の開拓民として入植。
私たちが農業を行う北軽井沢・大屋原地区は太平洋戦争後、祖父祖母の代に入植し開拓してきた土地です。
祖父祖母は戦時中、国策であった満州開拓に夢を懸け中国へと渡りました。しかし敗戦により状況は一変。満州開拓団は守ってくれるはずの軍隊も居なくなり、正に命からがらの引き上げだったと聞かされています。
その後再び国内での開拓民として当地に入ったのが、始まりです。しかし標高1000メートルを超える当地の生活は厳しく冬などはまさに極寒。当初穀類、野菜類はまともに栽培できず、イモやカボチャのほか入植時に支給された数頭の乳牛による搾乳を糧とする生活が始まりました。
酪農から野菜栽培の専業に。
父が15の時、祖父が亡くなり本格的な酪農経営を行う傍ら、多少時間のできる夏季に大根やトウモロコシ・トマトの栽培を行うようになりました。
自分が高校選択で悩む頃にも基本的には酪農を行っていて、自分も北海道の酪農を学べる高校へと進学を考えていた矢先、折からの乳価の低迷などにより野菜栽培へと舵を切る決断が父によりなされることに。
自分も地元の農業高校から農林水産省所轄の農業者大学校への進路を進み、2002年野菜栽培による農業経営を志し、卒業を機に北軽井沢へと帰ってきました。
そして、これからの農業を支え、
未来へつなげるために。
「Think globally, Act locally」

今野菜栽培の状況は5年前10年前とは大きく変わってきています。野菜を家庭で調理する機会が減り、カット野菜や総菜類の需要が増えました。
また生産現場も機械化やAIや各種データを活用した栽培方法が次々と生み出されています。

半面、地球温暖に起因する環境変化は野菜の生産に多大な影響を与えていて、安定した野菜作りが年々難しくなってきている現状です。
そうしたなかで常に先端の情報を取り入れつつ、しっかりコツコツ足元の土の状況・野菜の生育を把握し愚直に野菜を作り社会に貢献していきたい。

農業は土地に縛られる仕事です。しかしだからこそ毎年の変化が感じられる仕事です。派手さはなくても食を通じて人々の健康に寄与していく。そんな素晴らしい仕事に誇りをもってこれからも取り組んでいきたいと考えています。

会社概要
社名 有限会社 岩田農園
代表取締役 岩田 修一
創業 1947年(昭和22年)
設立 2001年(平成13年)5月2日
所在地 〒377-1412群馬県吾妻郡長野原町北軽井沢1353-61
資本金 3,000,000円
従業員数 社員3名(パート5人・アルバイト8〜10人/時期によって変動)
事業内容 各種野菜の栽培・野菜加工食品の製造及び販売
栽培品目 キャベツ・レタス類・大根・白菜・トウモロコシ・玉ねぎ・春菊などおよそ15品目の野菜
ギャラリー
空と土と太陽と。標高1000メートルから贈る、
てまひまかけた高原野菜。